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大阪地方裁判所 昭和52年(わ)1345号 決定

少年 D・K(昭三四・一一・六生)

主文

本件を大阪家庭裁判所に移送する。

理由

一  本件公訴事実は、別紙記載のとおりであるが、取調済の証拠によれば、その証明が十分であるところ、弁護人は、少年法第五五条により本件を大阪家庭裁判所へ移送すべきであると主張するので、一件記録(送付を受けた少年調査記録及び保護観察関係記録を含む。)にもとづき以下検討する。

二  被告人の非行及び処遇の経過

まず非行の経過をみるに、被告人は、昭和五〇年九月二一日に犯した原付自転車の無免許運転により同年一一月二七日大阪家庭裁判所において不処分決定を受けたが、右決定前である同年一一月三日、右決定後である同年一二月一四日及び翌五一年一月二五日の三回にわたり原付自転車ないし自動二輪車の無免許運転を敢行して更に検挙され、同年五月六日同庁において右三回の無免許運転につき保護観察決定を受けたものであるが、本件犯行は、右保護観察決定の七日前である同年四月二九日に敢行された右保護観察を受けた事案のいわゆる余罪に当るものである。

右保護観察の経過をみるに、その決定以来保護司○○○○の指導監督を受けることになつたが、一ヶ月余りして友人の原付車に便乗中転倒して骨折傷害を受けて入院し、そのため一時連絡が途絶えるとともに、休業-転職があつたほかは、月一回以上の保護司宅訪問は欠かさず行うとともに、同五二年二月一日成績良好による解除を受けるまでの間無免許運転で検挙されることなく経過し(保護観察開始以前の非行の経過と比較し、格段の差が見受けられる。)、本人の自覚面において、交通事故により被害受傷したことが契機となつてか、「これ以上乗つたらあかん。」「免許をとつてから乗るわ。」などと母に述べるなど不再犯の自覚が生じていることが認められる。

ところで、本件は、前記のとおり保護観察事犯の余罪であるが、その当日被告人方に遊びに来た友人Aの所有にかかる原付自転車を借り受け、通行禁止場所を通行中、警察官に発見されて職務質問を受けたのであるが、再三無免許運転で検挙されていたため、将来免許を取得できなくなることをおそれるとともに罰金等の処罰を免れる目的で、有免許者である友人Bの氏名等を詐称して、免許証不携帯である旨申し立てて、交通切符の供述書欄に同人の氏名を偽造署名したものであるが、被告人は当公判においては、Bの住所・生年月日等を記憶していたのは、予め本件の如き場合に備えた計画的なものではなく、友人間で確たる目的もなくたまたま住所・生年月日等を教えあつたことがあり、本件に際し、とつさに口から出てしまつたと弁解するけれども、右弁解自体不自然でにわかに措信できないのみならず、捜査段階の供述によれば、事前の計画的準備があつたことを疑わせるに十分であるといわなければならない。ただ、その点はさておくと、被告人は、本件犯行の直後に被冒用者であるBにその旨電話連絡をして了解を求めたことから、同人の母親の知るところとなり、同女から警察に通告がなされて発覚し、即日被告人及びその母は出頭を求められて、翌三〇日及び翌月三一日の両日にわたつて警察における取調べがなされ、その余の所要捜査を経たうえ、同年八月一二日刑事処分相当意見付で大阪地方検察庁検察官に送致され、更に同月二七日保護観察相当意見付で検察官から大阪家庭裁判所に送致されたものである。その後家庭裁判所においていかなる調査がなされたかは、取寄せた社会調査記録上からは、判然としないが、同年一二月七日出頭すべき旨の呼出をなしたにもかかわらず、同日少年及び保護者は出頭せず、同日家裁調査官から刑事処分相当の意見が提出され、同日付で少年法第二〇条所定の決定がなされたものである。

なお、被告人及びその母は、当公判廷において、同年一二月七日の呼出状を受取つた覚えはなく、したがつて故意に呼出しに応じなかつたことはないと供述し、前記のとおり本件の捜査段階においては、素直に取調べに服し、それ以前の調査・審判に関しても呼出しに応じなかつたことはないとも供述し、それを疑わせる資料は存在しないから、右記一二月七日の不出頭を故意によるものと認めることはできない。

三  本件に対する刑事処分の当否

以上認定の事実関係を前提として、本件に対する刑事処分の当否を検討するに、まず注目しなければならないのは、被告人の年令である。本件犯行当時被告人は、未だ一六歳六月の若年者であり、家庭裁判所による検送決定時は一七歳一月、起訴時は一七歳五月、現時点においても未だ一八歳まで四月を残しているのである。

なるほど少年に対する刑事処分の選択については、年令のみならず、その罪質、要保護性の有無・程度、更には刑の執行猶予の再非行に対する心理的抑止力(本件につき、よもや実刑相当として検送されたものではなかろう。)をも総合検討すべきものであるが、その犯行により他人ないし国家・社会に回復し難い損害を与えたものでない場合には、年長少年で心身ともに成人に準ずる程度に成熟している者は格別、それ以外の者に対しては、保護処分ないし保護的措置による保護ないし矯正見込みがある限り、刑事処分に処すべきではないとするのが現行少年法の基本的立場であると解される。

本件犯行のうち無免許運転は、単に道交法に違反するというに止まらず、他人の生命・身体に対する重大な侵害を惹起する危険性を秘めている行為であつて、軽視できないものではあるが、未だ右の意味における重大侵害の予備的段階に止り、その危険性は現実化してはおらず、更にその運転車両も原付自転車であつて、普通車ないし大型車に比し、その危険性の程度も低く、また、供述書の偽造・同行使の点についても、前記のとおりその犯行には計画性も窺われるが、反面素知らぬ顔をきめ込むことなく、被冒用者に即日連絡して了解を求め、それが端緒となつて即日捜査機関に発覚して取調べを受けるに至つたもので、近時この種事犯が写真貼りかえによる免許証偽造の代替犯罪として激増傾向にあることも考慮しても、前述した意味における重大事犯というには至らないといわざるをえず、本件犯行が発覚して以後は、取調べに素直に服し、その捜査と併行して行われた保護観察においても、前述したとおり特に問題視される行動はなく、その期間中交通事故により被害受傷したことが一の契機となつてか、交通不法事犯の問題性に対する自覚も生じるとともに深化し、その後同種犯行惹起に至つておらない点に注目すれば、未だ保護処分ないし保護的措置によつて保護ないし矯正可能な域に止つているものと考えられる。

本件は、前述したとおり保護観察決定を受けた事件のいわゆる余罪であるから、視点をかえて、仮りに両者が同時審判を受けていたと仮定し、果して保護観察以外の処分の可能性があつたか否かを考えて見ても、三回の無免許運転に加えて、同種無免許運転のほか、罪質の異なる供述書偽造・同行使があり、更に家庭裁判所における事件係属中(実質的保護過程にある。)に敢行されたという点を十分斟酌しても、本件犯行の実質及びその発覚の経過が前記程度のものであることに鑑み、保護観察決定で終局していたであろうと推認できるのであり、そうだとすれば、本件が保護観察決定に接近した日時に敢行され、捜査に日時を要したため同時審判がなされなかつたのは、やむを得なかつたとしても、本件につき、特別の事情も認められないのに、保護観察以外の処分、特に刑事処分に付することは不相当であろう。

四  結論

以上検討したところを要約すれば、被告人は、本件犯行当時一六歳六月、検送決定当時一七歳一月、現時点でも未だ一八歳まで四月を残す若年者であるのみならず、本件は、昭和五一年五月六日保護観察決定を受けた事件(無免許運転三回)のいわゆる余罪であり、右決定当時すでに捜査機関に発覚して取調べを受けていたものであつて、本件犯行の罪質も他人ないし国家、社会に回復し難い損害を与えた重大事犯ではなく、また、右保護観察については、普通程度の経過をたどり、その間交通事故の被害受傷により本人の自覚も生れ、それ以前に多発した非行も相当期間惹起されなかつたという点を総合すれば、昭和五一年一二月七日の時点において、検送決定は著しく不相当であつたとまでは言えないにしても、同五二年二月一日成績良好による保護観察解除を受け、更に当公判審理を通じて自己の罪責に対する自覚が一段と深まり、今日にいたるまで不法交通事犯が敢行されておらないことをも総合斟酌すれば、現時点においては、被告人を懲役に処するよりも(検察官の求刑は、懲役四月以上八月以下)、本件を家庭裁判所に移送して、刑事処分以外の処分で終局することが、相当であると認め、少年法第五五条により主文のとおり決定する(被告人を暫時試験観察に付し、保護観察の成果の持続の有無及び当公判廷における被告人の約束の履行状況を調査のうえ、それに相応する処分に付するのが相当であると思料する。)。

(裁判官 大森政輔)

公訴事実

被告人は、

第一 公安委員会の運転免許を受けないで、昭和五一年四月二九日午後五時四七分ころ、大阪市天王寺区○○○町×××番地先道路において、原動機付自転車を運転し、

第二 前同日午後六時ころ、前記場所において、大阪府天王寺警察署司法巡査○○○○に対し、公安委員会の運転免許を有する「B」の氏名を詐称し免許証不携帯の旨申し立て、同巡査作成の免許証不携帯の交通事件原票中、道路交通法違反現認報告書記載のとおり違反したことに相違ない旨印刷された「供述書(甲)」欄に、行使の目的をもつてほしいままに「B」と冒書しその名下に左示指印を押印し、もつて偽造した他人の署名を使用して事実証明に関する右文書一通を作成偽造したうえ、即時同所においてこれを真正に成立したもののように装い同巡査に提出して行使した

ものである。

(編注) 受移送審決定(大阪家 昭五二(少)五七六七号 昭五三・二・一三不処分決定)

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